『ルベーグ積分30講』 志賀浩二著(その8)

第7講 可測集合 -ルベーグの構想-

思うに概念というものは何かの目的をもっている。その目的が分かればたとえ概念の示す外延のすべてが分からなくても内包の意味がつかめる。そこを出発点として外延を調べていけばいい。
「可測集合」という概念は何を目的としているのか。
何らかの方法で集合に数を対応づけることを目的としているのである。そしてその数が実数と同様に「完全加法性」(無限小の総和が全体に等しい)をもつように対応づけができれば、集合の関係を数的関係として解析することができる。そして面積や体積を直観ではなく集合概念で定義すれば、k次元の容積も求めることができる。容積以外にも確率など集合概念で定義できるものなら何でも解析可能になるのである。
だから、Sが可測集合であることが重要なのだ。
本書ではSを面積としてイメージしているが、面積でなくても確率空間でも可測集合として定義すれば解析できることになる。それがコルモゴロフだ。PΩ上の確率測度とするなどという公理的定義は、要するに確率空間を可測集合として解析可能なようにお膳立てしているわけである。
「可測集合」とは文字どおり測ることが可能な集合という意味である。
最初にその着想を得たのがルベーグだが、まだ図形を四角で囲んで補集合を考えるというように直観に依存しているところがある。(ルベーグ内測度の定義に出てくる|J|だ)
この発想を逆にして、直観から測度へではなく、測度から直観へと方向転換して抽象化を徹底したのがカラテオドリである。
こうしたことは第8講まで読んで分かることだから、本書を読むに際しては第7講と第8講をセットで読まないと意味不明だろう。
この講で説明されていることは、外測度が開集合で、内測度が閉集合ということだが、出発点の外測度を開集合とする理由は、「任意の開集合は、可算個の和集合として表すことができる」からである。(逆に任意の閉集合は可算個の積集合として表すことができるだけで、可算個の和集合として表せない。有限個の和集合として表せるだけである。)
そして外測度が開集合であれば、その補集合の内側度が閉集合になることは直観的に分かる。空間を二つに分割して一方が開集合なら他方は閉集合というイメージである。
例えば数直線を考えると、閉集合区間[a,b][b,c]は互いに点[b]を共有するので重なりあってしまうが、開集合[a,b)閉集合[b,c]によって重なることなく隙間なく繋がることができる。(繋がらないと挟み込みによる極限が求められない)
それでは図形を覆うのに四辺形を隙間なく埋めるには閉集合が必要ではないかという疑問が生じるが、これについては四辺形の上辺・右辺を開き、下辺・左辺を閉じることで解決できる。
こうすることで、図形Sを覆う共通点のない開集合 I の和集合が次のように構成される。

 O=\Large\cup\normalsize_{n=1}^{\infty} I_n

ここが重要なので何度も強調するが、これは集合の演算であって数の演算ではない。
完全加法性があるかどうかは不明なのである。そういう意味ではOはまだ可測集合ではない。だから、このOに実数を対応させて、実数の完全加法性によりOを可測集合にするのである。

 m^{*}(O)=\displaystyle\large\sum_{n=1}^{\infty}\normalsize |I_n|

なぜ外測度m^{*}(O)になるのかは、I が図形を覆うのだから当然である。そして和集合で覆うのだから、図形Iの面積の総和を外測度に対応させることも納得できる。だが、これだけでは集合Oが可測であるだけで、図形Sが可測集合になったわけではない。外測度と内測度が一致して初めて図形Sが可測と言えるのである。
開集合Oが可測であれば、閉集合も可測である。このことは後の章で正確に説明されるが、この段階では著者はイメージにより説明している。
図形Sの立場でみると自分を覆うOは開集合であると同時に、その境界線は、Oの補集合O^Cの境界線でもある。そして境界線が接続するためには、O^Cからみた境界線は閉じていなければならない。(上で説明した閉区間と半開区間
逆に言えば、実数の完全加法性に対応するためには、Oが開集合であるのに対し補集合のO^C閉集合でなければならないということである。
そして、このことはSの内測度Uについても同様に当てはまる。その補集合U^Cを考えると、Sの内測度はU^Cの外測度(開集合)の境界線でもある。するとSの内測度は閉集合でなければならないことになる。
(ではなぜ最初からSの内測度を開集合にしないのか疑問が生じるであろう。私もそう思った。これはルベーグが内測度を|J|からSの補集合の外測度をマイナスしたものとして定義していることに関係すると思う。今の私にはまだ漠然とした了解なのだが、どうも内測度を補集合の外測度によって定義することが、集合演算に実数の完全加法性を対応させるカギとなっているように思う。後の章で分かるかもしれない)
以上から、Sの外測度が開集合であり、内測度が閉集合であるということは、境界線で実数が接続するように、集合が隙間なく接続すること、つまり集合に実数の完全加法性を対応づけて極限を求めることが可能になることを意味する。
開集合と閉集合のごちゃごちゃした説明のキモは、集合演算に実数を対応させて集合の無限可算個の和にも極限を求める道を開いているということだ。
したがって、Sの集合を測ることができる(可測集合である)条件は外測度が開集合であり内測度が閉集合であり、外測度と内測度が一致することである。
そのことの証明は本書を参照いただいて、結論は次のとおりである。

Sを可測集合とすると、任意の正数{\varepsilon}に対して次の性質をみたす開集合O閉集合Fが存在する。

 F\subset S\subset O ; m(O-S)<{\varepsilon}, m(S-F)<{\varepsilon}

最後に著者は興味深いことを指摘している。数式で説明されているが、イメージで言えば、図形Sの境界線を考えると、そこには外測度の微小なタイルI と、内測度の微小なタイルI とがひしめいていることになる。それらは\varepsilonをどんどん0に近づけていくと、どんどん境界線に沿って微小になって無限個となり、そのとき外測度と内測度が一致してゼロになるのであるが、それが零集合だというのだ。
私は前に実数が零集合であるのは、実数を点として扱っているからだと述べたが、まさにこの微小タイルが無限小の無限個になったときタイルが点になってゼロになるのではないだろうか。そう考えれば零集合はなんら驚くにあたらない。